あるところにカッパとかえるとかめが住んでいました。
三匹はよく近くの川で泳いで遊んでいました。
今日は川の岸から岸まで競争しようということになり、泳ぎの大会が始まりました。カッパもかえるもかめもみんな泳ぎには自信があり、だれもが自分は1位になると思っていました。
よーい、どんで一斉に川に飛び込んで競争がはじまりました。
かめは水の中をもぐることは得意でしたがちょっとこうらがおもたいせいか、なかなかスピードがでません。
かえるは得意のジャンプでスタートはゆうゆう一番でしたが川の中ほどから グングンスピードをあげてきたカッパにあとちょっとというところでぬかされてしまいました。
くやしがったかえるとかめは「もう一回やろう」と何度もカッパに挑戦しましたが、やっぱりカッパには勝つことが出来ませんでした。
負けたことがくやしいかえるは、カッパにむかって言いました。
「おまえはぼくたちと同じような水かきがあるけど、頭の上に変な皿があるからぼくたちの仲間じゃない」かめもカッパにむかって言いました。
「そうだぼくらにはそんなへんな皿はない。おまえはぼくたちの仲間じゃない」
「へんな頭、へんな皿。へんな頭、へんな皿。おまえとなんか、あそばない」
かえるとかめはそんな歌をうたいながら、カッパを置いてきぼりにして、川を泳いでいきました。カッパは二匹が泳いでいったあとをしばらく見ていましたが、しだいに涙がでてきてしまいました。
「ぼくの頭にはへんな皿がある。みんなにはない皿がある。だからみんなはもう遊んでくれない」
そう考えるとかっぱは涙がとまらなくなりました。
「そうだ、へんな皿ならとればいいんだ。皿をとればみんなとおなじになる」
生まれたときからずっとついていた皿なので、少し痛かったけどカッパはバリッと頭の皿をとってしまいました。
「これでみんなとおなじになった。これでみんなはあそんでくれる」
カッパはうれしさのあまり、じぶんの皿を川の中になげすててしまいました。
カッパの皿は川の流れにのって、どんどんと流れていきました。
「うーん、痛いよ。頭が、痛いよ」
その晩あまりの痛さのため、カッパは山の仙人様のところへ助けをもとめにいきました。
「仙人様、頭がわれそうです、どうかたすけてください。おねがいします」
「これカッパ、頭の皿はどうした?」
「川の中にすてました」
「皿はおまえにとって命といっしょ、なくなればしんでしまうぞ」
「しぬなんていやです。たすけてください」
「それだけはいくらわしでもできぬ。じぶんでさがしてくるのだ。でもよいか、三日をすぎるとおまえはしぬぞ」
次の日カッパは仙人様の言われたとおり自分のなくした皿を探しに、川を下っていきました。
「どなたかぼくの皿を知りませんか、ぼくの皿を知りませんか」
会う人ごとにカッパはききました。
「それならもう少しいったところで皿まわしの男がひろってよろこんでいたわ」
アヒルの親子が教えてくれました。
「本当ですか、どうもありがとう」
カッパは教えてもらった川下のほうへ、走っていきました。
「皿回しのおじさんですか?」
「あぁ、そうだ。でも今日の見世物は終わったよ、また明日来ておくれ」
「ぼくの皿知りませんか、川でひろいませんでしたか?」
「あれはお前のだったのか、でも残念だったな。あの皿はうまく回らなかったので、町から来ていた骨董品屋のおやじにやってしまったよ。わるいことをしたな」
カッパはショックのあまり座りこんでしまいました。町までは歩いて一日かかります。
「もうだめだ。町までなんてとてもいけない」
そのとき、あの仙人様の声が聞こえてきました。
「この弱虫め。あと二日もあるのにどうしてあきらめるのだ。そんな弱虫なら本当にしんでしまうがよい」
「ごめんなさい、仙人様。最後まで望みを捨てずがんばります。お約束します。ですからどうかぼくをお守りください」
カッパは勇気を出して、町までの長い道のりを歩き始めました。皿のないからだは次第に弱まっていきましたが、仙人様との約束を思い出しては何度も何度も休憩をしながらでも、がんばって歩きつづけました。
そしてとうとう一日半をかけて、やっと町にたどり着くことができました。カッパは旅の疲れでヘトヘトになっていましたが、休んでるひまはありません。カッパは皿回しの男から聞いた骨董品屋を探しました。
その店は町の一番奥にありました。
「ごめんください」
店のおやじがゆっくりと奥から出てきました。おやじはお客でもなさそうなカッパをじろりとながめて言いました。
「何物だね、お前さんは」
「ぼくはカッパです」
「おかしいじゃあないか、カッパはみな頭に皿があるものだぞ」
皿をなくしておかっぱだけになったカッパはここに来た訳をおやじに話しました。
「そうか、そういうわけだったのか。わっはっは」
店のおやじは突然笑い始めました。
「おまえだけじゃない。みんなそうさ。自分が大切にしていたものがある日突然いやになり、わしのところへ売りにくる。でもなくなると今度は急にさみしくなって取り戻しにくるやつがたくさんいる。なくして初めてその大切さを知るのさ。お前さんもそのようだな」
「ぼくの皿ここにありますか?」
おやじは肩をすくめて、気の毒そうに言いました。
「きのう珍しがって買っていった中華料理屋のおやじの店にあることを祈るよ」
もう日はとっぷりと暮れています。
カッパは泣きたい気持ちでいっぱいでしたが、この時も仙人様との約束を思い出しました。
「ぼくの、ぼくの皿はきっとある。ぼくは、絶対あきらめないぞ」
カッパは何度も何度も自分に言い聞かせ、弱りきった足を引きずりながら中華料理屋に行きました。
「ごめんください。ぼくの、ぼくの皿しりませんか?」
カッパの声は今にも消え入りそうです。
「いったいどうしたんだい」
店の主人が驚いて聞きました。カッパは最後の望みをこの主人にたくし、自分がここに来たわけを話しました。
「あの皿はたしかにわしが買った」
「ほんとうですか!」
「でも あの皿は小さくて スープがうまく入らないから捨ててしまったんだ」
「どこへすてましたか?」
「この先のゴミ置き場だよ。でももうゴミ屋がもって帰った。ゴミ屋はゴミを焼くのが仕事なんだ」
カッパは最後の力をふりしぼってゴミ置き場までいきました。
「ゴミ屋が忘れて帰っているかもしれない。どうかぼくの皿だけ忘れていますように」
でもゴミ置き場には何もありませんでした。何度探してもそこには皿はありませんでした。カッパはとうとう倒れてしまいました。
倒れて見上げた空には たくさんの星が輝いていました。
「仙人様、ぼくの皿はありませんでした。でも、ぼくは仙人様との約束は守りましたよ。最後まであきらめず、探しました。でももう歩けません」
涙がしだいにあふれてきます。
「どうしたの、こんなところで?」
見上げると小さな女の子が心配そうにのぞきこんで立っていました。
「ぼくはここでしんでいきます。ぼくがしんだらぼくの体を川に流してくれませんか」
「何を言っているのよ、だいじょうぶ。すこしまってて」
女の子はかけだしていきました。そしてしばらくして両手に何かをこぼさないようにしてそろそろとカッパのもとへ帰ってきました。
「さぁこれを飲んで、じき元気になるわ。私が病気になったとき、母さんがいつも温めたミルクを飲ませてくれるの。そうするとすぐ元気になるの、ほんとよ。さぁ飲んでみて」
女の子はゆっくりとカッパにミルクを飲ませてやりました。
カッパはミルクを飲みほしたとたんにびっくりぎょうてんして飛び跳ねました。なんと女の子がミルクを入れてきた皿は、カッパの皿だったのです。
女の子は捨ててあった皿があんまりかわいかったので、子猫のミルク皿にしていたのです。カッパはお皿を頭にのせると、すぐ元気になり女の子にお礼を言って自分の川に帰っていきました。
それからカッパは自分にしかない皿を自慢するようになり、一生大切にしたのでした。
おわり
作者あとがき
この物語は1995年に神戸で起きた神戸大震災後、心を傷つけられた子供たちを何か励ましたいという親しい幼稚園の先生に頼まれて書き下ろした童話です。そしてこの物語を愛してくれた子供たちは毎晩お母さんに読み聞かせをねだったそうです。この物語がそんなに好きになってくれたのならと、当時僕が主宰していた劇団で人形劇にしました。
100人ほどの園児たちは、これまで人形劇なんか見たことがないので最初キョトンとしていました。ところがストーリーが進むにつれ真剣に見るようになり、カッパが自分の皿を求めて命からがら町へ歩くシーンでは、多くの園児たちから「カッパ頑張れ!」「カッパ頑張れ!」という大きな声援が起こったのです。
その時僕は子供たちから、感動を貰いました。何に感動したのかといえば、こんな小さな子供たちでも、頑張ってる人(カッパは人間じゃないけど)は見れば判るんだということを教えて貰ったからです。
そしてその頑張ってるカッパを見た時、自然と応援してあげるという行動がとれることにも大きな感動を得ました。子供は純粋ですから、周囲に影響されて応援したということはないでしょう。
物語は主人公のカッパがひょんなことで自分の頭の皿を川に投げ捨てたことから、その皿を探しに旅に出るお話です。
仙人との「けっして見つけるまで諦めない」という約束を守ってカッパはいろんな人に出会っていきます。ほんの少しのところで皿は次から次にと渡っていきます。
時としてショックのあまりくじけそうになりますが、そんな時には仙人様の声が叱咤激励してくれます。
巡り巡ってカッパは骨董品屋にたどりつきます。弱りきったカッパに骨董品屋は「みんなそうさ。自分の一番大切にしていたものは無くしてはじめてその大切さを知るのだ」と、とうとうと語りかけます。
人間生きていればいろんな困難やピンチに出会うものです。カッパが経験することは、私達が人生で出会う困難な場面です。そんな時、人は誰でも「もうダメだ」と漏らすかもしれません。でも時として「もう少しだけがんばってみよう」と心のどこからかそんな声が聞こえるかもしれません。
それがカッパが聞いた仙人様の声なのです。そう仙人様の声はみんなそれぞれが心の中から創り出す自分の勇気の声なのです。
心の中には誰もが勇気を与えてくれる仙人様を持っているのです。そして諦めなければ、自分が望むものなら最後には手に入れられるものなんだということを、カッパはこの物語を通して教えてくれます。
子供たちがこのお話を最初はおもしろおかしく観てくれればいい。でも大人への成長の中で、くじけそうになった時ふとこの物語を思い出して頑張る気持ちが出てきたら…
そして身近にいて当たり前のお父さん、お母さんを少しでも大切な存在なんだ(自分の皿のように)と自然に思えるようになってくれたらきっとカッパも喜 んでくれることでしょう。
作者 牛